世界の車窓からという番組があります。ナレーションをされている石丸謙二郎さんは、見かけに似合わずスポーツマンで、筋肉自慢番組の常連さんだというから、何のとりえもない私には、羨ましく思います。彼がナレーションを務めるその番組は、もう20年以上続く長寿番組ですが、私もたまに観ていて、それを見ると私も思い出す、車窓の風景があります。
それは大学のサークルの卒業旅行で行った、スイスのユングフラウヨッホ。標高3454mという、ヨーロッパでもっとも標高が高い位置にある鉄道駅では、その駅にある郵便局から、日本へ向けてハガキを書いて出したりしました。私たちが行った時は本当に良いお天気で、雪景色と青い空とで、本当にそれまで見たどの風景より美しかったことを思い出します。
でも、本当に思い出す車窓の風景は、実はスイスの大自然の景観ではありません。私の思い出の車窓の風景、それは、車窓の窓ガラスに映る、斜め前に座っていた好きだった男の子の横顔でした。同じサークルで4年間活動してきて、ずっと好きだった男の子。でも勇気が出せなくて最後まで告白できず、卒業後はそれっきり会えなくなってしまった人の、横顔ばかり思い出されました。
ユングフラウ鉄道は観光で有名な列車でしたが、窓ガラスがピカピカというわけには行きませんでした。だから窓ガラスに映る憧れの君の横顔も、輪郭のみぼんやりという感じでした。それでも、奥手だった私は彼のことをそんなにじっくり見たことはなく、卒業後は会えなくなってしまうとわかっていましたので、本当に切ない、寂しい気持ちでその窓ガラスを見つめていました。一緒に居た人たちは、私が車窓から見える景色に見入っているいると思っていたでしょう。でも本当は、大好きな彼を、最後の見納めとばかりに、切ない気持ちで見つめていたのでした。